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 目の前で、世界の在りようがみるみる変わっていく。そのことにいちいち驚いたり怖がったり戸惑ったりしながら、新作映画の制作を開始した年が僕にとっての2020年でした。
 4月に企画書をなんとか書き上げ、プロットを6本重ね脚本を3度書き直し8月に最終稿としてまとめ、それからは今日に至るまで毎日絵コンテを描き続けています。ぎりぎりの息継ぎで泳ぎ続けているような気分のまま、完成にはまだたっぷり1年以上がかかりそうです(2021年中に正式な制作発表を行えればと考えています)。たった2時間程度のアニメーション映画を作るのに、なぜこれほど時間がかかるのだろう。数ヶ月でがらりと変わってしまうような世界の中で、相も変わらずこんな時間の使い方をしていて良いのだろうか。死に際に後悔してしまうのではないか。いくつものそんな情けない疑問からも未だに自由になれないまま、でも他に出来ることもないしなあ……と半ば諦めたような気持ちでとにかく机に向かうだけの1年でした。





 





 そんな平坦な仕事だけの日々だったのに、しかしこの1年を思い返してみると、ひとつ驚くことがあります。1年前の自分が、今ではもう他人のように思えるのです。ほとんど外出もしていないのに、人とも数えるほどしか会えなかったのに、たった1本の作品制作をスタートさせただけだったのに、同じ自分はもう保たれていないのです。非常事態宣言下に書き上げた企画書は、今ではどこか遠い誰かが考えたことのようにも思えます。脚本の台詞一行を巡っても、数カ月前の自分と今の自分とはきっと喧嘩も出来そうです。たぶんどちらの自分がより正しいというわけでもなく、他者とわかり合うような気持ちで制作を続けていくしかありません。





  





 してみれば、この不自由だった1年の間にも、心にはそれなりに冒険があったということなのでしょう。同じ椅子に座り続けながらも、心はどこかに向かって歩き続けてはいたのでしょう。この場末のHPを読んでくださっている皆さんにも、それぞれの様々な起伏と変化があったことと思います。お互いに、1年後に自分の心が辿り着いている場所がすこしでも健やかな場所でありますように。出会うことになる今とは違う自分が、せめて仲良くなってもいいかなと思えるような人間でありますように。
 皆さま、どうか良い年をお迎えください。


2020/12/31 (1205日前)

 2010年代が、終わります。
 僕にとっては奇妙に間延びしたような10年間でした。2010年に娘が生まれ、翌年に震災がありました。自分の2010年代はその2つの出来事によって決定づけられたような気が、今となってはしています。人生の主役はだんだんと子供に移っていく。同時に、自分の住んでいる国の地面は揺れ続け、日常はいつ途絶えてもおかしくない。なにかをゆっくりと諦めるような、あるいは自分ではコントロールできない事象の平安をただ願うような、そんな気分のもとで『星を追う子ども』『言の葉の庭』『君の名は。』『天気の子』という4本の映画を作ってきました。
 10年間そのように自分を覆っていた霧のような淡く不透明なムードは、しかし『天気の子』を2019年に公開できたことで、すこしだけ晴れたような気がするのです。あるいは、そういう気持ちでいることの「気が済んだ」ような気が、どこかしています。それはひとえに、映画が届いたという実感をもらえたからです。皆さんに観ていただけたことを、心から感謝しています。






 自分にとっての2010年代は、このように終わりました。では、2020年代はなにを思えば良いのだろう。自分は、他の皆はどのような気分で、次の10年間を過ごすのだろう。最近は新作映画のことを考えながら、ぼんやりとそんなことを思っています。2020年に書く企画書の最初の一行、脚本の一行目は、どのようなものであるべきだろう、と。






 脚本の最初の一行を書くということは、無数にある可能性のほとんどを諦めるということです。一行書き進めるごとに、豊潤だったはずの物語の可能性は次々と閉じていき、最後まで書き終えたときには映画の形はたったひとつに決定づけられてしまう。それは、どこかもの悲しさを伴う作業でもあります。他にあり得たはずの君を、もっと素敵だったかもしれない自分を、諦めていくという行為だからです。映画を作るということは、他のあらゆる可能性を諦めて、たったひとつだけに収斂してしまった世界を選ぶという行為です。
 でも、僕たちはそうやって可能性を一つひとつ捨てていくことでしか、きちんと生きていくことは出来ないのでしょう。それはこの10年間の映画作りが僕に教えてくれたことでもあります。願わくば、皆さんの2020年の最初の一歩が、良い場所へと至る一歩でありますように。自分の脚本の最初の一行が、善良な可能性を含んだものでありますように。どうか良いお年をお迎えください。


2019/12/31 (1571日前)

 昨年末にもここに書いたとおり、僕にとっての2018年は『天気の子』の制作だけの1年でした。企画も脚本も絵コンテも考え尽くしたつもりの作品ですが、それでもまだ、来年夏の公開を想像することはどこか怖いです。『君の名は。』の公開後にはずいぶんたくさんの人たちから「新海さんは次の作品が勝負だね」との言葉をいただいたのですが、「そう言われればまあそうだよな」という気分が、ずっと薄く残っているのかもしれません。





 でも──とも思います。思い返してみれば、僕はデビュー作でも「次こそが本当の勝負だよ」と言われ、その後16年間、作品を出すたびに同じ言葉を言われ続けてきたのです。その言葉に「どこまでやれるのか見てやろう」という淡い期待がわずかでも含まれているのだとしたら、『天気の子』の後も、「本当の勝負は次だよ」と言ってもらえるだけでもう十分なのかもしれない。それを繋げていくしかないのかもしれない。思い切ってそんな気楽さで、制作の残りの半年に全力を注ぎたいと思います。





 ともあれ『天気の子』は、技術気力実力ともに充実したチームのおかげで過去作よりももっと見応えのある映画になるはずです。詳細はもうしばらくは言えませんが、とても面白い映画になるはずだと、僕としては思っています。もはや年に1度しか更新しないこのHPを覗いてくれるような皆さん(書き込んでいただいたコメントもすべて嬉しく読んでいます)ならば、新しい要素にも過去作から連続したテーマにも、たっぷりと気づいてもらえるはずです。僕自身が今一番観たい映画を全力で作っています。それが、あなたの「観たい」とすこしでも多く重なりますように。2018年もたいへんお世話になりました。2019年も、皆さんにとって素敵な年でありますように。


2018/12/30 (1936日前)

2017年の前半は、未だに映画『君の名は。』の残響がかしましい日々でした。

なんだか周囲の状況が気づけば一変してしまっていて、会ったこともない人が映画を飛び越えて僕自身の生活だの人生だのについてまでなにかを言っていて、それが関係のない場所から耳に入ってくる、そんなことも増えました。それはそれでありがたい気もするけれど、やっぱりぜんぜん嬉しくはないのです。


とにかく次の映画に行きたくて、春が来る前にと新作映画の企画書を映画会社に提出し、プロットを書き始めました。しかし始めてみたら、今までの作品の中でいちばんの難産となってしまいました。なぜこんなに難しいんだろうと自分でも困惑しながら、方向性の違うプロットを何本も書き連ねました。半年以上かかってようやく脚本は完成したのですが、今になって思うのは、僕自身が誰よりも強く『君の名は。』の影響下にいてしまっていたのだと思うのです。あの映画のこだまが自分にとってはあまりにも大きくて、それをもう一度聴きたいような、聴かせなければいけないような気がして、ずっと迷っていたのです。でもたぶん、その残響もようやく晴れたような気がします。


新しい映画は、届かない空に必死に手を伸ばし続けるようなひとの話にしたいと思っています。制作作業はまだまだこれからが本番です。2018年は、僕にとっては新作映画のためだけに費やす1年です。発表できるのはまだずいぶん先ですが、また皆さんに楽しんでいただける映画にしたいと強く思っています。


旧年中はたいへんお世話になりました。新作を作ることができるのも、ずっと見続けてくださっている皆さまのおかげです。2018年も、お互いに良い年になりますように。


2017/12/31 (2301日前)
2016-2017 下の画像は映画『君の名は。』で最初に描いたイメージイラスト(企画書の表紙)です。そこから2年後の2016年8月に本作は劇場公開され、年末の12月現在でも、全国の多くの映画館でロングランが続いています。当初の願いや予想を遥かに超えて、『君の名は。』はとても遠くまで、多くの方に届いた映画になりました。感謝にたえません。

 このサイトを見てくれているような「あなた」ならば、まさかこんなことになるなんてと驚いたことでしょう。「新海の映画がヒットするなんて」と。その通り。僕も「あなた」と同じように驚いています。僕自身は2002年の『ほしのこえ』からたいして変われていないのだから、これはもう素晴らしいスタッフの力と、ずっと僕の作品に付きあってくれてきた「あなた」のおかげに他なりません。

 2017年は僕にとっては新しい映画を作り始める年になります。「またゼロから始めるのか」とやや途方にもくれますが、未だ語られていない物語の前に立っている、という感覚には独特の昂ぶりもあります。また「あなた」に観ていただける作品が作れますように。かえすがえすも2016年はありがとうございました。2017年も、お互い良い年になることを願います。


2016年12月31日 新海誠

2016/12/30 (2666日前)
yourname_music

『君の名は。』の脚本を書きはじめたばかりの頃、プロデューサーから「今作の音楽は誰とやりたいか」と問われ、実現の可能性を考えもせずRADWIMPSが好きだと答えました。その後、思いがけず野田洋次郎さんにお会いする機会に恵まれ、正式に一緒にやろうと決まった時から今この瞬間まで、ずっと夢を見ているようにしあわせです。



 僕がRADWIMPSを知ったのは8年ほど前です。たまたまロンドンに滞在していた頃で、歳の離れた学生の友人から教えてもらったのだったと思います。聴いてみて、すぐにファンになりました。大袈裟な言い方かもしれませんが、1曲ごとが未知との出逢いでした。例を挙げればきりがありませんが、ひとつだけ触れるとすれば、たとえば『ふたりごと』。まるで小さな動物の鼓動のように悲しげに速いギターリフが、「わたしの命はすべて嘘に……」という洋次郎さんの切なげな声の間で、一瞬だけ途切れます。耳にした瞬間、息が詰まりました。それは一瞬の間に過ぎないのに、音が途切れるというただそれだけのことなのに、なぜかはっきりと心を揺らすのです。今でも聴くたびに震えます。こんな一瞬を生み出す音楽に、世界の秘密が隠されたような歌詞に、映像をあてるとしたらそれはどんな形だろう。そんなことをずいぶん妄想したような気がします。


 


『君の名は。』は、音楽の存在感がとても強い映画です。映画の時間軸の中で、音楽が場を支配するシーンがいくつもあります。物語を演じるのがキャラクターだとすれば、劇中の歌も劇伴も、今作ではとても強いキャラクターです。そういう演出を可能にするために、僕たちは1年以上をかけてきました。脚本のイメージからRADWIMPSが作った曲があり、その曲を聴きながら僕は絵コンテを描きビデオコンテを作り、それを見た洋次郎さんがまた曲を書き、それを受けてまた演出を変える、そういうことを重ねてきました。そして、かつて僕が『ふたりごと』に感じたような息が詰まる一瞬を、新しい曲たちの中にもたくさんいただきました。絵も音も声も物語も、最高だと思える瞬間が重なるように考え続け組み立て続けました。


 


 RADWIMPSの音楽がデビュー以来常に新しさと驚きととともにあったように、『君の名は。』も、観ていただいた方にきっと驚いてもらえる映画になっているはずです。8月26日の公開日を、どうか楽しみにしていてください。


 


監督 新海誠 2016年4月6日


 


『君の名は。』公式サイトはこちら http://www.kiminona.com です。

2016/04/05 (2935日前)

2015-20162015年は、新作映画『君の名は。』の制作だけの1年でした。その間ずっと、今も、どこか薄く緊張し続けています。

完成まで本当に辿り着けるのだろうかという不安や、大変な作業をお願いしてしまっているスタッフへの申し訳なさや、でもきっと良い作品になるはずだという願いや、一日も早く世に出さなくてはという焦りや、とにかくもうずっと、心臓の鼓動がすこしだけ早いのです。年に数百本ほども作られる娯楽映画の1本に過ぎないとも判ってはいますが、それでも、体がうすくこわばりつづけています。


2016年の夏には、この緊張が消えていればいいなと思います。どうかこの作品が、関わってくれた人たち、観てくれた観客たちに、すこしでも良い感情を残せますように。楽しんでいただけますように。


旧年中はたいへんお世話になりました。2016年、皆さんにとって素敵な1年となりますように。


2015/12/31 (3032日前)

新作映画『君の名は。』の制作発表をさせていただきました。公式サイトは http://www.kiminona.com です。そちらには特報映像もありますので、ぜひご覧ください。


ここは僕の個人サイトですので、以下、制作にあたってのご挨拶のようなものを自分の言葉で書かせていただきました。 http://shinkaimakoto.jp/kiminona/ ご興味のある方はご覧くださいませ。


2015/12/10 (3052日前)

2014-2015


2014年の大晦日は、新作映画のための絵コンテを描いています。

今まで自分が作ってきたどの作品よりも、楽しく、美しく、遠くの方にまで届く作品にしたい。

僕にとっての2015年は、そのためだけに費やす年です。公開はまだ先ですが、楽しみにしていていただけると嬉しいです。

旧年中はたいへんお世話になりました。2015年も、皆さまにとって素晴らしい年になりますように。

2014/12/31 (3396日前)

taisei_vie大成建設の新しいテレビCM「ベトナム・ノイバイ空港」篇を監督させていただきました。

現在建設中のノイバイ国際空港の新ターミナル、その建設に携わる一人の男性技術者の姿を、30秒のアニメーションで描きました。お目にとまれば嬉しいです。こちらに簡単な紹介ページを作りました。


2014/08/10 (3540日前)

Z会グループの運営する静岡県三島市・大岡信ことば館において、「新海誠展 ―きみはこの世界の、はんぶん。―」が開催されることになりました。



本展では、僕の作品から日常を舞台にした4作品、初期自主制作短編『彼女と彼女の猫』、連作短編『秒速5センチメートル』、最新作『言の葉の庭』、Z会CM『クロスロード』が取りあげられます。絵コンテや原画、背景美術、未公開のメイキング画像、さらに「ことば館」ならではの、作中の台詞や言葉のユニークな造形展示がなされます。また『クロスロード』については、本展のためにキャラクターデザイナーの田中将賀さんと一緒に描きあげたポスターイラストのメイキング映像、さらに本編のメイキング映像も編集いたしました。夏休みを挟んでたっぷりと開催期間がありますので、よろしければぜひ足をお運びください。


詳細は大岡信ことば館のページ(http://kotobakan.jp/exhibitions/shinkai-makoto)をご覧ください。


2014/06/04 (3606日前)

chronicle「小説 言の葉の庭」の発売を記念して、作中の年表を公開します。

小説版は映画版「言の葉の庭」をベースとしてはいますが、各話ごとに語り手を変えるオムニバスに近い構成になっています。各話は必ずしも時間軸に沿って書かれているわけではありませんので、小説を読んでいただいた方にとっては年表を眺めるのも一興かもしれません。

なお、映画版と小説版の出来事/時間軸は微妙に異なっている箇所があります。この年表は小説版に基づいていますが、新海の執筆時のメモですので、最終的な小説の記述とは異なる箇所もあるかもしれません。ご了承ください。

また、年表中には映画・小説のネタバレも含みます。未読の方はご注意ください。



 





































































年月(日)人物出来事
1986年02月雪野百香里愛媛県今治市に生まれる
1985年11月秋月怜美20歳。妊娠
1986年09月秋月怜美21歳。長男、翔太を出産。藤沢孝志(26歳)と結婚
1997年12月秋月孝雄東京都杉並区に秋月怜美の次男として生まれる
2003年04月伊藤宗一郎22歳。新卒で不動産営業に就職、以後3年間勤務
2004年04月雪野百香里18歳。愛媛から上京。大学の教育学部に入学
2006年03月伊藤宗一郎25歳。都の教員採用試験合格。恋人の菜都美はキューバに留学、別れる
2007年06月シャオホン17歳、上海の高校生。日本人のガールフレンドができる
2008年04月雪野百香里22歳。国分寺の高校に新卒で就職。以後同校に3年勤務する
2008年08月シャオホン18歳。北京オリンピックの年
2009年04月伊藤宗一郎28歳。千代田区の高校(後に孝雄が入学)に赴任、高2の担任になる
2009年09月シャオホン日本留学開始
2010年04月秋月孝雄中学入学
秋月翔太ITモバイル機器メーカーの営業に就職
秋月怜美藤沢孝志と離婚
相澤祥子中学3年、15歳。痩せてメイクが上手くなる。モテだす
牧野真司高校入学
2010年05月〜10月シャオホン大学2年〜3年。故郷の上海では万博開催
2010年12月春日海帆孝雄との最後のデート。転校
2011年04月雪野百香里25歳。千代田区の高校に赴任
伊藤宗一郎30歳。相澤祥子の担任になる
相澤祥子高校入学。古典の雪野先生をたちどころに好きになる。担任は伊藤
牧野真司高校2年生、バスケ部キャプテン。部活顧問は伊藤
秋月孝雄中学2年生
2011年09月伊藤宗一郎飲み会事件。雪野と親しくなっていく
2011年12月伊藤宗一郎雪野に告白。付き合い始める
2012年04月相澤祥子高校2年17歳。雪野のクラスになる。牧野と付き合い始める
雪野百香里26歳、高2になった相澤のクラスの担任に
伊藤宗一郎31歳、高3の担任に。クラスには牧野がいる
2012年07月相澤祥子牧野が雪野に迫っている声を聞いてしまう
2012年08月相澤祥子夏休み、牧野へのストーキングを繰り返す。雪野への悪意が醸造されていく
2012年09月相澤祥子雪野への嫌がらせ開始
シャオホン大学卒業
2012年12月相澤祥子両親の離婚。新しい母親が家に来る
2013年01月雪野百香里徐々に登校できなくなる
2013年02月伊藤宗一郎32歳。菜都美から7年ぶりに連絡が来る
2013年03月伊藤宗一郎父の死
秋月孝雄中3の春休みに中華料理屋でのアルバイト開始。シャオホンと出会う
2013年04月秋月孝雄高校入学
雪野百香里入学式には出席するが、ほぼ登校できなくなっている
相澤祥子高校3年
2013年05月13日前後孝雄と雪野日本庭園での初めての出逢い
2013年05月29日前後孝雄と雪野孝雄と雪野が二度目に会う。関東の梅雨入り宣言
2013年06月04日秋月怜美家出
秋月翔太ワールドカップ杯オーストラリア戦。観戦の誘いを断る
2013年06月21日寺本梨花22歳の誕生日。翔太とデート、孝雄と初対面
2013年06月伊藤宗一郎菜都美の部屋で飲む。雪野とベランダで電話
相澤祥子渋谷駅で勅使河原に会う
2013年07月孝雄と雪野雪野の足を採寸
シャオホン上海に帰国
2013年08月10日前後秋月翔太引っ越し
2013年09月初旬雪野百香里赴任3年目にして、高校を依願退職
相澤祥子孝雄に殴られる
孝雄と雪野返し歌、どしゃぶり。雪野の部屋を訪れる。告白
2013年09月下旬雪野百香里愛媛に帰郷
2013年12月伊藤と相澤渋谷のスターバックスで偶然に会う。進路指導の約束
2014年02月秋月孝雄靴を完成させる。雪野からの初めての手紙が届く
映画版の描写はここまで
小説版では2018年05月の出来事まで描かれます(孝雄20歳、雪野32歳)
2014/04/14 (3657日前)

kotonoha_novel_S新海誠が執筆した「小説 言の葉の庭」が2014年4月11日発売となります。


この小説の原作となる映画「言の葉の庭」は、孝雄と雪野の視点のみからなる46分の中編でした。一方、本小説版では語り手を増やし、オムニバス的な構成で物語をより深く掘り下げています。長編小説と呼べるボリュームとなり、映画をご覧いただいた方も未見の方にもお楽しみいただける一冊にしたつもりです。なお、本書は雑誌「ダ・ヴィンチ」2013年9月号からの連載に、書き下ろし分を加えたものです。連載開始にあたっての記事「『言の葉の庭』の小説を書く、個人的な理由」も、よろしければご覧ください。


なお、発売情報については「ダ・ヴィンチニュース 小説『言の葉の庭』新海誠 - 特設サイト」にまとめられています。


Amazonでのご購入:小説 言の葉の庭 (ダ・ヴィンチブックス)


2014/04/10 (3662日前)

花澤さんのライブ「花澤香菜 live 2014 “25”」のパンフレットに、イメージボードを3点寄せさせていただきました。
kana25

花澤さんとは、「言の葉の庭」で雪野役を演じていただいて以来のお仕事。彼女の過去から今にいたるまでのお話をじっくりお伺いして、さらに花澤さんのアルバム「25」を繰り返し聴きつつ、3枚のイラストを描かせていただきました。どのようなイラストか、ぜひライブのパンフレットでご確認くださいね。ライブの詳細はこちら(http://www.hanazawakana-music.net/live2014/)です。


2014/04/06 (3666日前)

株式会社Z会(http://www.zkai.co.jp/)とのコラボレーションとして、アニメーション作品「クロスロード」を監督させていただきました(120秒/30秒/15秒)。
Zkai_head

キャラクターデザイン・作画監督に田中将賀を、歌にやなぎなぎを迎え、受験生を、ひいては迷いを抱えた若者を広く応援できるような作品を目指しました。離島に住む少女と東京の少年の人生が、受験を軸に交差する物語。作品紹介ページはこちら(http://shinkaimakoto.jp/Zkai)です。


2014/02/24 (3706日前)