お久しぶりです。
更新する気は、もう、ほとんどなかったんだが。
けれど、カルピンが、久々の投稿を後押ししてくれた。
ねこ肯定感っていうのがあるらしい。
かわいいねー、いい子だねーとかわいがると、まるで自分が
褒められているような心持ちになって、癒されて、なんとなく
自己肯定感も上がるのだそう。
それはぬいでも同じことが言えるらしい。ってか、ぬいが居て
くれるだけで癒されるんだが、語り掛けるともっと癒される。
癒されてると同時に、自分にも優しくしてることになる訳だな。
実家でにゃんこを飼っていた。
カルピンと同じ、カルアミルク色をしたヒマラヤンも居た。
そのあとテニプリの漫画で、カルピンというキャラに出会った。
自分自身がカルピンになったのはそのあとのこと。これは運命。
リョーマ君は最近なかなか家に帰って来ないので、みんなの前で
カルピンが「ほあら~」と鳴く機会は減ってしまったけれど、
ファンの皆さんの中にはカルピンがいて、カルピンが褒められると
なんだか自分のことのようにうれしい。
いつもリョーマ君がカルピンを想ってくれていると思うとなんだか
自分が癒される気がする。
このブログを見ている方は、おいらが自己肯定感の低いインドア
ヲタクということはご存じかと思う。おいらと書くのも久々だな。
声優を目指したのだって、テレビの向こう側にいるヲタクな自分を
喜ばせるためだったんだもの。
最近は、過去の思い出に酔いながら、毎日、こつこつと目の前の
ことを大切に生きていて、テレビの前の自分に戻りつつある。
推しは推せるときに推せとはよく言ったもの。刹那的なものが
好みのせいか、期間限定に掴まれて、年甲斐もなく推し活するが
なんたって期間限定なんで、結構、早いサイクルで終わりが来る。
まぁ、推し活に年齢は関係ないか。
テニプリは、稀有なほどヲタクに夢を与え続けてくれる推しだ。
推しの鏡。あらゆる形で、いろいろなものを供給してくれる。
自分はもう、それをただ享受する側だと思っていたけど、まさか
供給する側に戻れる日が来るとは。
告知動画のご依頼が来たとき、ちょっと泣いた。
歳のせいで涙腺が緩いのもあるが、コンセプトに泣いた。
最近は、エゴサをしたりする。「カルピン」で。
みんなのコメントを見て、それで、また、泣いたりする。
それで、自己肯定感も上がったりする。推してくれる人たちの
なんと尊いことよ。
大好きなリョーマ君から、可愛いと言われ、美味しい物を食べて
しあわせ太りしちゃったカルピン。
その、ぽっちゃりしたカルピンとリョーマ君が一緒に眠る世界線。
おいらは、どの立ち位置で堪能すればよいのやら、ちょっと脳が
バグるけど、いずれうちにも、ふわもちカルピンをお迎えする。
あなたの隣に、リョーマ君に愛されて愛されて食べ過ぎちゃった
カルピンが存在する世界が訪れますように。
詳しくは、こちら ↓
カルピン抱きまくら(ねこ肯定感コラボ)